ホテルの歴史

1855年に創立、ホテル・デュ・ルーヴルは、フランス初のラグジュアリー・ホテルとして開業、700の客室と1,250名のスタッフを有する、グランド・ホテルでした。本場のフランス料理とインターナショナル料理が好評で、ニューヨークやスイスのラグジュアリー・ホテルに勝るとも劣らない、と賞賛された最初のホテルでした。

開業当時は、現在の敷地の向かい側がホテルの場所でしたが、隣接する百貨店の拡張工事に伴い、1887年現在の場所に移転を余儀なくされました。以来、4つのファサードからパリの歴史と変遷する眺望を見つめています。

ホテル・デュ・ルーヴルは、常に「個性的なホテル」という評判を博し、社交界や政界、芸術界からのゲストを魅了し続けて来ました。ホテルの豊かな歴史の中で、重要なレセプションや公的イベントのホストを務めています。1897年、印象派画家のカミーユ・ピサロ( Camille Pissarro )が、ホテルに居を構えました。現在ピサロ・スイートとして知られる部屋から、毎日外を眺めパリを描いた偉大な作品は、ここで誕生したのです。

ホテルの雰囲気とルーヴル地区に感銘を受けた、アーサー・コナン・ドイル( Arthur Conan Doyle )は、シャーロック・ホームズの中で、ホテル・デュ・ルーヴルを度々描写しています。今日では、世界中のシャーロック・ホームズ協会が、定期的にここで会合を開いています。1910年、ジークムント・フロイト ( Sigmund Freud )は、しばしばホテルに滞在し、偉大な芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチがテーマの「レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期 ( Souvenir d’Enfance de Leonard de Vinci )」の執筆活動を行いました。しかしながら、フロイトの最大の関心は、ホテルから見えるルーヴル美術館、さらには展示されている世界的に謎の名画、「モナリザの微笑み」であったといわれています。